中村梅雀の家系は?
中村梅雀さんは歌舞伎の家系ですね。父親も祖父もみなさん歌舞伎役者です。歌舞伎役者は世襲と思っている人も多いのではないでしょうか。
実は歌舞伎は世襲でもなんでもなく、一般の人でもなれる世界なんですよね。そういう意味では落語と同じですよね。
中村梅雀の家系図のなかにも落語家がいます。
ちなみに歌舞伎の家系に生まれなかった人が歌舞伎俳優になるのは養成所に入学する方法が比較的一般的なのでしょうか。
歌舞伎という、非常に閉鎖的な伝統芸能の世界で、一般の人がプロを目指そうとすると、日本芸術文化振興会が主宰し、国立劇場に付属する伝統芸能伝承者養成所で、芸を学ぶしか今のところ方法がない。歌舞伎界の外から「引き立て」られて、スーパースターになった例として玉三郎がいるが、彼のようなケースはおそらく30年か、50年に1人だろう。養成所での研修は、全日制の2年間で、歌舞伎実技、立廻り・とんぼ、化粧・衣装・かつら、日本舞踊、義太夫、長唄・三味線、鳴物、箏曲、発音・発声、作法などを学ぶ。養成所の応募資格は中学卒業以上23歳までの男子となっている。
あるいは、歌舞伎俳優の弟子になることだそうです。
どちらにしても、閉鎖的な世界なので、代々歌舞伎の家系に生まれてきて、幼い頃から英才教育を受けてきた子供と比べると、不利がありますよね。
なかなか簡単には入れない世界のような気がします。
父中村梅之助は?
本名は三井鐵男。鐵男の字は新字体では鉄男ですね。
屋号は成駒屋。歌舞伎の屋号ってなんの意味があるのでしょうか。
江戸時代、原則としては身分制度により武士以外の者が苗字を名乗ることが認められていなかったため、人口が増加するにつれ同地域内で同じ名を持つ者が増え、個人を特定・判別しにくくなった。旧来の集落単位では人別が出来なくなり、商人や農家が、集落内で取引あるいは日常生活に不便を生じたことから、家ごとに名称を付け、これを人別判別の材料として使うようになった。
これが屋号の始まりだったんですね。
成駒屋の由来は
四代目中村歌右衛門が、公私にわたって親交を暖めていた四代目市川團十郎から「成駒柄」の着物を贈られたことに感謝して、それまでの屋号・加賀屋を改め、将棋の「成駒」に團十郎の「成田屋」をかけて、成駒屋としたのがその名の由来。
4代目中村歌右衛門、4代目といっても天保7年、1836年のことなので、いまから180年も前のことなんですね。それだけ歌舞伎は伝統ある世界なんですね。
嫁は?
中村梅雀と瀬川寿子の出会いは2002年の劇団前進座。瀬川寿子が劇団前進座の養成所に入ったのがきっかけで中村梅雀と知り合ったとか。
舞台女優だそうですね。現在は2人のお子さんがいるそうです。中村梅雀さんは子供が出来た時59歳だったそうです。これは長生きしないと子供が二十歳になった時に79歳ですから若さを保っていかなければならないですね。
似てる芸能人って?
中村梅雀さんに似ていると噂される芸能人
竹内都子
小日向文世
雰囲気が。ってことなんでしょうか。
コメントを残す